Case10.これは「拡大」ではない(阪急電鉄)
阪急電鉄は2002年10月より専用車を「京都線の特急・通勤特急,平日ダイヤの終日,2扉車(6300系)」という条件で実施してきた。
終日実施という積極派的な実施形態を取る反面、神戸線・宝塚線という他の幹線系への専用車拡大は行なわず、また京都線特急に3扉車が充当されることがあってもそういった車両への専用車実施は行なってこなかった。
並行する京阪が特急系統に3扉車が充当されることになった途端、そういった形式にも専用車設定・表示類の貼り付けを行なったのとは好対照である。
阪急はこれまで私や他の反対派が同社に問い合わせをした際も「専用車は特急で停車駅間が長く、クロスシート2扉車で逃げ場を確保しにくい構造の車両だから実施している。拡大・縮小共に予定はない」というのがもっぱらの回答だった。
だから古い形式で唯一の2扉車である6300系が引退(または特急運用離脱)になった時点で阪急の専用車は廃止されるのだろうと考えていた。
それに「差別になるから廃止した」では推進派を刺激することになるし専用車を行なっている同業他社を間接的に批判することになってしまうから、波風立てずに専用車廃止の実績を作るにはこのやり方しかないのだろうと、私は「その日」を信じて待っていた。
2008年6月下旬のある日、「阪急京都線高槻市駅の案内板に『3扉車|5号車は女性専用車両』という表示が追加されている」という画像が動画配信サイトにアップされているという情報が入ってきた。
駅にあるフラップボード(いわゆる“パタパタ”)の表示が切り替わる際の画像をスローか一時停止で見ると、途中にそういった内容の表示が見えたというものなのだが、私は当初2002年に専用車が導入された時か表示機が製造された時に「実施の予定はないが理論上ありえるパターン」として組み込んでおいただけなのではと思っていた。
しかしながら他の当会会員の「こういった表示は以前には無かった」「駅に問い合わせると、3扉車への専用車実施は決定事項らしい。
いつかははっきりしないが7月下旬以降に確実に実施するそうだ。」といった不穏な情報が入ってくる。
そして、その知らせは「7月下旬」よりも遥かに早くやって来た。
7月1日の朝、ある専用車関連の掲示板に「阪急サイトで専用車の設定が9300系(クロスシートの3扉車)にも拡大されると発表があった」という書き込みがあったので同社サイトを見ると、専用車の案内が「7月7日から京都線特急・通勤特急の専用車が3扉のクロスシート車でも実施」となっていた。
京都線特急には6300系・9300系の他に3扉のロングシート車もあるのだが、それは適用外になっている。
平日終日実施されることや専用車対象形式が特急系統以外で運用される場合には専用車の実施はないことはこれまでと変わらない。
それにしてもこれまで各事業者が専用車の導入・拡大を告知する場合、少なくとも開始日まで10日~2週間程度の周知期間を設けていたのだが、今回の阪急のケースは告知から僅か6日後の実施である。
告知のタイミングも周知期間もやけに性急過ぎるように感じるのだが、やはり動画配信が影響したのだろうか?
ところで阪急電鉄サイトでの専用車告知を調べてみたところ、今回の拡大前(PCに保存しておいた)と今回とである変化があったことに気が付いた。
同社サイトの「女性専用車両のご案内」のページには設定内容の告知の他に「よくあるご質問」というページがあるのだが、専用車拡大前は以下のようになっていた。
Q.なぜ京都線の特急にのみ女性専用車両を導入しているのですか。
A.女性専用車両は、制度の分かり易さ、ご利用いただき易さを主眼に、車両編成や使用車両の種類等も勘案しながら設定しており、 その結果、京都本線におきまして6300系(2ドア車両)の特急・通勤特急にのみ女性専用車両を導入しました。
Q.拡大導入する予定はありますか。
A.現在のところ拡大導入する予定はありません。ラッシュ時間帯では増結等を行うことにより、駅や列車によって女性専用車両の場所が頻繁に変わりますので、同車両を導入する際に重要であると考える「お客様に設定車両等を認知していただく」ということが困難になると考えたためです。
Q.なぜ大阪方から5両目に設定しているのですか。
A.当社の女性専用車両は終日、梅田ゆき列車・河原町ゆき列車共に設定しており、また特にラッシュ時間帯は、梅田ゆき列車は大阪方の車両が、河原町ゆき列車は京都方の車両が混雑しますので、どちらか端の車両に設定することは難しく、大阪方から5両目にしました。
Q.男性は女性専用車両を通り抜けできないのですか。
A.女性専用車両を通り抜けての車内の移動につきましては、基本的にはご遠慮願いたいと考えています。
Q.何時から何時まで女性専用車両を設定していますか。
A.平日時刻表運行日の終日、設定しています。
これは、時間帯を区切って設定することで、お客様に対して混乱を招くことが考えられ、また終日設定することにより、朝・夕のラッシュ時間帯に限らず、昼間時間帯や深夜時間帯も含めて幅広くご希望いただいているご要望にお応えすることができると考えたためです。
Q.女性専用車両の設定日はいつですか。
A.平日時刻表運行日の終日、2ドア車両で運行する特急・通勤特急に設定しています。
土・日・祝日や年末年始、ゴールデンウィーク、お盆期間中などの土曜・休日時刻表運行日には設定していません。
Q.男性はどんな場合でも女性専用車両に乗車できないのですか。
A.女性のお客様に同伴される小学6年生以下の男性のお子様、お体の不自由なお客様と介護者のどちらかが女性の場合に同伴される男性に限っては、平日時刻表運行日におきましても女性専用車両にご乗車いただけます。また、緊急事態が発生した場合や、特に混雑して危険な場合は、女性専用車両の設定を解除しますので、ご乗車いただけます。
これが拡大後では1つ目の「6300系(2ドア車両)のみ」の記述が抜けたのは当然として、2つ目の「Q.拡大導入する予定はありますか。」という質問とその回答も削除されている。
即ち2つ目の質問が「Q.なぜ大阪方から5両目に設定しているのですか。」となり、以降の質問が繰り上がっている。
阪急はこれまで一切の拡大を行なってこなかったが、今回の件がやはり“拡大”だという自覚があって「拡大の予定はない」と言ってきた手前、後ろめたさを感じているということなのか、それとも一度タガが外れればもう他線や多種別への拡大にも躊躇がないということなのだろうか。
このことが気になったので、私は阪急に問い合わせてみた。
すると同社から「専用車導入当時は専用車設定列車が120本ほどあったのが、9300系導入後設定列車が90本ほどに減少した。
そこで今回の変更で110本程度に増加させた。
Q&Aページの『拡大導入』というのは『他の列車種別や他線区への導入』という意味であって、そういった予定は現在ないものの、サイトを見た人が今回の変更を『拡大導入』と混同する可能性があるのでこの質問を削除した。」といった主旨の回答が返って来た。
今回の発表の前後に私は阪急の梅田駅サービスセンターと広報部公聴センターに電話している。
担当者の応対は前者が「専用車という、男性には申し訳ないことをやっている。心苦しい。」、後者が「専用車は拡大の要望が多い状況だというのにどうして廃止などする必要がある!?」といった感じの対照的なものだった。
そしてこの対照的な両者には共通のフレーズが存在していた。
6300系の減少に対して専用車の適用車種を拡大したことを、
梅田駅サービスセンター氏:「これは拡大ではなく“(専用車導入時の)元の状態”に戻したと思って欲しい」
広報部公聴センター氏:「6300系が減少することに対応した“適正化”であって、拡大とは考えていない」
発言を正確に覚えているわけではないが、両者共とにかく「拡大ではない」ということをしきりに強調していたことは間違いなかった。
どうも阪急は今回の設定範囲拡大を「拡大」とは呼びたくない、あるいは考えたくないようである。
しかしそれなら6300系の淘汰に任せて専用車を解消させていっても、それは「専用車の対象車両がなくなった」だけで「廃止」とはならない、とも言える。
それにどうしても「拡大」にしたくなかったのなら、9300系に専用車を適用する代わりに6300系の専用車をやめればまだその言い分にも正当性はあっただろう。
阪急は「自分達は専用車消極的事業者」というイメージを(少なくとも反対派には)売り込みたいつもりなのだろうが、6300系引退という推進派を刺激しない形で専用車を廃止出来る千載一遇のチャンスをわざわざ潰したのだから、もはや積極派と見做さざるを得ないだろう。
各事業者の専用車に対する姿勢を見ていると、専用車拡大にやたら熱心なJR西日本や東京メトロ、抗議乗車排除に強引なところが見られる京王やつくばエクスプレスは反対派にとっていわば“わかりやすい敵”であると言える。
一方で阪急は一見すると反対派にも理解があるような部分も見せるのだが、でも決して反対派に譲歩することはしない。
じわじわと継続・拡大の判断を下して結局は賛成派に迎合していくのだ。
なまじ理解があるように見えるから反対派としても抗議がやりにくいし(実際、阪急に対しては6300系引退=専用車廃止と信じていたから同社には専用車廃止の要望や抗議をしてこなかった反対派も多いはず)、また「裏切られた」と感じる分、ダメージも大きい。
今回の9300系専用車導入は拡大の規模としては小さいが、「想定内」だった東京メトロ副都心線の専用車導入よりもショックは大きかった。
Case9の名古屋市交通局もそうなのだが、長い期間拡大を行なっていないから、あるいは批判的な考えにも理解を示しているところがあるから今後の拡大の心配はないと思ってはいけないのだ。