Case9.「総合的な判断」は魔法の言葉(名古屋市交通局)
札幌市交通局が地下鉄に専用車導入を検討というニュースが入ったその日の深夜、今度は名古屋市交通局が東山線の専用車実施時間帯を17~21時にも拡大することを決定したというニュースが入った。
札幌市は曲がりなりにも「検討」であるが、こちらは「決定」である。
名古屋市交通局というと、専用車の導入は2002年と比較的早い時期であった割にこれまで専用車の拡大が行なわれることもなく、また市の苦情処理報告書(現在リンク切れ)では「公共の乗り物である地下鉄に、女性専用車両を設けて男女を隔離しなければならないという事態は、きわめて残念なことである。」「女性専用車両は、これに対する緊急避難的な施策で、やむを得ずとられたものである」といった、専用車賞賛一辺倒ではない見方があったことなどから、専用車消極派かと思われていたが、とうとう専用車拡大に乗り出してしまった。
以前からある議員が名城線に専用車を導入することを要望していたことは知っていたので、名古屋は元々“警戒地域”ではあったのだが、検討や計画段階での公表も行なわれずに決定時点でいきなり発表されては反対派も抵抗のしようがない。
それにしても議員の要望は名城線への導入だったはずなのに、実際に決まったのは何故、東山線の時間拡大だったのだろうか?
もし名城線に痴漢被害が多くて何らかの対処が必要な状況だったとするならば、それは名城線に専用車を導入するか、あるいはそこへの導入を見送って他の手法を検討するかのどちらかの結論になるはずである。
にも関わらず、関係ないはずの東山線での時間拡大となったのは「とにかく専用車が拡大されればいい」という発想があったと見られても仕方がない。
ところでこの専用車拡大は報道や交通局に直接問い合わせた話によると、アンケートで7~8割が賛成となった結果を受けてのものらしい。
そして5月8日、交通局サイト上に専用車の拡大実施日(2008年6月2日)とアンケート内容が発表(リンク切れ)されたので早速その内容を確認してみた。
ここに今回のアンケートの全質問項目を書き出してみる。
(単位%。問7~10の結果については筆者の判断で割愛)
問1.女性専用車両をご存知ですか。
- よく知っている:79.2
- あることは知っている:18.9
- あまり知らない:0.7
- まったく知らない:0.4
- 不明:0.8
問2.女性専用車両について、つぎのようなご意見がありますが、どう思われますか。
(1)女性が安心して電車に乗れる
- そう思う:68.6
- どちらかというとそう思う:20.0
- どちらともいえない:4.9
- どちらかというとそう思わない:1.0
- そう思わない:1.3
- 不明:4.0
(2)痴漢の被害を防止できる
- そう思う:70.8
- どちらかというとそう思う:19.4
- どちらともいえない:5.2
- どちらかというとそう思わない:1.2
- そう思わない:1.8
- 不明:1.5
(3)男性が痴漢と疑われなくなる(えん罪防止になる)
- そう思う:66.4
- どちらかというとそう思う:18.8
- どちらともいえない:8.1
- どちらかというとそう思わない:1.8
- そう思わない:3.3
- 不明:1.6
(4)子供を安心して通学させられる
- そう思う:42.9
- どちらかというとそう思う:22.0
- どちらともいえない:24.5
- どちらかというとそう思わない:3.2
- そう思わない:5.4
- 不明:2.0
(5)女性専用車両以外の車両が混雑する
- そう思う:18.3
- どちらかというとそう思う:21.2
- どちらともいえない:29.7
- どちらかというとそう思わない:11.5
- そう思わない:17.6
- 不明:1.8
(6)男女差別になる
- そう思う:11.4
- どちらかというとそう思う:10.3
- どちらともいえない:21.5
- どちらかというとそう思わない:13.3
- そう思わない:41.5
- 不明:2.0
(7)男性が便利な車両に乗れなくなる
- そう思う:16.4
- どちらかというとそう思う:21.9
- どちらともいえない:22.0
- どちらかというとそう思わない:13.8
- そう思わない:24.1
- 不明:1.8
(8)痴漢の根本的な解決にならない
- そう思う:24.7
- どちらかというとそう思う:20.0
- どちらともいえない:22.8
- どちらかというとそう思わない:12.7
- そう思わない:17.8
- 不明:2.0
(9)女性が女性専用車両以外の車両に乗りづらくなる
- そう思う:8.1
- どちらかというとそう思う:13.9
- どちらともいえない:21.7
- どちらかというとそう思わない:15.3
- そう思わない:39.1
- 不明:1.9
問3.女性専用車両について、どのようにお考えですか。
- 賛成:55.0
- やむを得ない:27.8
- どちらともいえない:9.5
- 反対:5.8
- 不明:1.8
問4.(女性のお客様へ)女性専用車両を利用されていますか。
- よく利用する:34.6
- ときどき利用する:23.9
- ほとんど利用しない:40.7
- 不明:0.8
問5.(女性のお客様へ)女性専用車両の利用について、お気持ちに近いものをいくつでも選んでください。(複数回答)
- あれば利用する:54.8
- 乗降や乗換に都合よければ利用する:43.0
- 空いていれば利用する:28.6
- 専用車両かどうか気にしない:21.9
- 利用しようと思わない:2.5
- その他:3.2
- 不明:0.5
問6.女性専用車両について、ご意見を自由に記入してください。
ご回答いただいた方のうち、 3,219人(57.6%)の方から、ご意見をいただきました。
女性専用車両についてだけでなく、地下鉄全般について様々なご意見をいただきましたが、最も多かったのは、
「女性専用車両は必要だ・あった方がよい」というご意見で、 499件でした。
一方、「女性専用車両は廃止すべきだ・必要ない」というご意見は 70件でした。
問7.地下鉄を利用される目的は何ですか。多い目的順に3つまで選んでください。
割愛
問8.最もよく利用される区間はどこですか。また、その利用回数はどのくらいですか。
割愛
問9.現在のお住まい
割愛
問10.主なお仕事
割愛
問11.性別
- 男性:39.6
- 女性:60.3
問12.年齢
- 10代:3.0
- 20代:14.1
- 30代:19.9
- 40代:20.2
- 50代:23.3
- 60代:13.6
- 70代以上:5.2
- 不明:0.7
これらの設問を見てみると、実施時間拡大の根拠となったアンケートであるはずなのに実施時間帯についての設問が存在しない。
実施内容の変更を念頭に置いたアンケートであるならば、専用車を実施する時間帯や路線について現状で必要十分か、拡大する必要があるか、そして拡大するならその時間帯・路線を対象にするべきか、逆に縮小するべきか、縮小するなら時間帯や区間をどの程度縮小するべきなのか、あるいは専用車そのものを廃止するべきかといった項目があってしかるべきだが、今回のアンケートにはそのような質問が見当たらない。
大阪市交通局の場合は拡大に関する質問だけが存在していたが、今度の名古屋市交通局の場合はそもそも「変更」に関しての質問が存在しないのである。
これらの質問項目をどう解釈しても「現状の専用車についての感想」あるいは「専用車一般についての意識調査」にしか見えず、実施内容の変更を検討するための調査であることを窺い知ることは出来ない。
アンケート結果をどんなに好意的に解釈したとしても「“現状の”専用車が支持されている」とまでは言えても「拡大を望んでいる」とは言えない。
何故ならば、「“現状の”専用車が支持されている」ことの中には「専用車がある現状には賛成だし、更に拡大するべきだ」という層の支持だけではなく、「現状での設定内容なら賛成するが、これ以上の拡大はやり過ぎになる」という層の支持も含まれているからだ。
そして今回のようなアンケートの形式だと、後者の考え方でも前者と同じ回答になってしまい(敢えて違いが出るとすれば「痴漢の根本的な解決にならない」への回答くらいか)、区別が出来なくなる。
一体このアンケートのどこに「現行の設定内容ではまだ専用車不足だ」「拡大対象は東山線の夕方ラッシュ時とするべきだ」という回答者の意思表示を読み取れるのだろうか。
それに性別に関わる問題のアンケートであるにも関わらず、男女別の集計が発表されていない。
通常、専用車に関するアンケートは設問ごとに「男性○%,女性○%」といった形での結果発表が行なわれるはずなのに、このアンケートでは問11の属性に関する質問以外に男女比が示されていない。
これは完全な推測だが、女性からは専用車に好意的な回答が圧倒的に多く、逆に男性からは圧倒的に専用車に否定的な回答が多い結果が出た設問があったのかもしれない。
「男性からは多くの反対が出ている」という事実を見せたくないために男女別の結果を示さなかったという解釈も出来るのだが、どうだろうか。
ところで利用者にアンケートを行うというやり方は一見民主的に見えるが、そこに落とし穴が存在する。
このような方法は利用者に判断を仰いでいるように見せかけて、実は事業者が用意した結論に「利用者の声を聞いた」というアリバイを取り付けるための手段として利用されているのである。
選挙のように結果が強制力を持つものや、あらかじめ「アンケートで過半数を取った結果に従う」などのように利用条件を宣言していれば、それは意思決定を利用者に委ねていると言える。
けれどもそういった拘束が伴っていないのなら、アンケート結果をどの程度重視するか結果をどう解釈するかは事業者側の匙加減一つなのである。
アンケートで肯定的な回答が多かった場合に「専用車の効果が支持された→専用車を継続または拡大」という流れがあることは、必ずしも逆に否定的な回答が多い場合に「専用車が支持されなかった→専用車は縮小・廃止」となることを意味しない。
当ページをここまで読んできた方ならもうお気付きだと思うが、もし否定的な結果が多かった場合、名古屋市交通局はおそらく専用車の廃止の判断は避けるであろう。
東京都交通局のようにアンケートの結果を「内部資料」として公表しないか、神戸市交通局のように反対多数の結果を公表はしても何の対応もしないか、大阪市交通局のように「やはり専用車は必要だから」として拡大に踏み切るか(Case4参照)、横浜市交通局や名古屋市交通局自身が試験導入時にやったように「調査方法が不適切だった」として他の方法で“賛成多数”を獲得するか(Case1,2)、のいずれかだろうことは想像に難くない。
これは単なる憶測ではなくいずれも過去に事例が存在するのである。
そして反対多数の場合には使われないアンケート結果を「利用者の意見を聞いて賛成多数だったから専用車を拡大」というロジックに利用するのである。
私は名古屋市に対して上記とほぼ同内容の文面をメールした。
先日それに対しての回答文が交通局広報室から来たのだが、要約すると次のような内容だった。
- 路線・時間帯等の拡大、現状維持など様々な意見については、自由意見として記入いただくことで、お客様の意見をより多面的に分析
- 今回の拡大については、そういった意見の他に各線の痴漢被害の届出件数等を含め総合的に判断
- 今後の専用車のあり方については、状況の把握・痴漢被害の届出件数・お客様の意見と動向等を総合的に検討した上で判断する
事業者へのメールの回答でよく見られるのがこの「総合的な判断」やそれに類する言葉である。
ちなみに名古屋市は当会サイトの活動履歴の「公営鉄道事業者への公開質問状」への回答でも「総合的に検討」という言葉を使っている。
「総合的な判断」と聞けば一見公平で柔軟な対応がなされるように思えてしまう。
しかし、Case3の仕込まれた予言の例えで述べた様に現実にはどのような状況や展開においても専用車の継続・拡大という結論に持ち込まれてしまう。
その結論を引き出すための“仕込まれた予言”こそがまさに「総合的な判断」なのである。
これを用いた結果が「時間帯に触れていないアンケートの結果で時間帯の拡大を決定」であり、「痴漢被害件数が減少しなくても専用車を拡大(名古屋市交通局に電話すると『被害件数は横這い』という話が出る)」なのである。
アンケートや被害件数等の数字上の結果がどうであろうと、「総合的な判断」を行なえば専用車の継続・拡大に持ち込めるのである。
今回の回答文書は皮肉にもそれを認めるものとなってしまっている。